蚯蚓の戯言

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zoom RSS 金華山は黄金の花盛り

<<   作成日時 : 2017/05/10 15:22   >>

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 桜は もうとっくに散り果てて、カレンダーが1枚捲られ、皐月になりました。この頃になると岐阜市の金華山は黄金色に染まって来ます。

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                             西側から見た 金華山


 岐阜城が使われていた頃の古図から見ると、元々は松の山だったようですが、徐々に シイ の木にとってかわっていったようです。今では山全体が ツブラジイ(円椎)や アラカシ を主とする照葉樹で覆われています。


 ツブラジイの花が咲く 5月上旬になると山全体が黄金色に輝きます。これが 金華山 という名の由来になったと言われます。

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                        ブロッコリーの様な ツブラジイの茂み
                            (右上方に岐阜城が見える)



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                       山だから足場が悪く、木の丈が大きいので、
                           もうこれ以上は近付けない


 万葉集にある かの有名な歌

          家にあれば 笥に盛る飯を草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る
                                                    有間の皇子
に出て来る は この つぶらじい なのです。



 昭和42年、緑のまちづくり委員会は、市民からの公募によって ツブラジイ 市の木 として認定しました。

 この山に ツブラジイが多いのは、信長が戦で兵糧攻めに遭った時にその実が少しでも食料の足しになるようにと考えた策だとも言われますが真偽のほどは分かりません。

 祖父の妹に おだいさん というお婆さんがおられました。そのお方の住まいは金華山の山裾近くにありました。戦後の物が無い時期に「金華山で拾って来た椎の実や。炒って食べんさい」と言って持って来てくれたのを覚えています。おやつとして 炒り豆や蒸かし芋ぐらいしか無かった頃のことですから、喜んで食べたのを記憶しています。



 人口 40余万の都市の市街地にこのような山林が残っているのは全国でも珍しく、江戸時代には天領・お留め山、明治からは御料林、戦後は国有林として保護されてきたからでしょう。

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                        ツブラジイ に関する林野庁の立て札



 清々しい皐月の青空を背景に、輝かしい黄金色に覆われた金華山は、このまま何時までも岐阜市の宝であり続けて欲しいものです。




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そう 言った予備知識なしで何度「十八楼」「金華山」のコースで同窓会ほかもろもろの集まりをしましたことやら・・・去年も「片倉」のオービー会がありましたのに、腰痛を理由に欠席して、残念でした。結婚式の宴会で「金華山」の詩吟を母にうたってもらった娘がもう来年は60歳の定年です。ありがとう御座いました。 
ユーリー
2017/05/11 08:33

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